この会社について
「醤油屋が、スイーツ?」——そう聞くと、たいていの人は一瞬きょとんとする。
大分県中津市。1919年(大正8年)創業の二反田醤油店は、100年以上にわたって地域の食卓に醤油を届けてきた老舗だ。その蔵がいま、みたらしを中心とした「醤油スイーツ」と、3年かけて熟成させる「三年完熟醤油」の二本柱で、次の時代へ進もうとしている。
3代目の二反田新一さんは言う。「醤油屋がどんどん減っている。うちも、このままでいいとは思っていません」。伝統を守るだけの会社ではない。伝統を残すために、変わり続けてきた会社だ。

この地域で事業をする理由
九州の醤油は、甘い。刺身にも煮物にも、とろりと甘いしょうゆを使うのが、この土地の食文化だ。二反田醤油店が守ってきたのも、その「九州の甘い醤油」の味だった。
かつては地域ごとに醤油屋があり、住民はその店の醤油を使った。小さな食料品店にも地元の醤油が並び、二反田醤油店は一般家庭へ直接配達もしていた。最盛期の得意先は、およそ8,000世帯。醤油は、地域の暮らしそのものと結びついていた。
会社を始めたきっかけ
創業は1919年。二反田さんの祖父が始めた。それ以前の家業は農業や土建で、先祖は地域の鉄道建設にも関わっていたという。兵役を終えて地元に戻った祖父が「何か商売をしよう」と考え、当時の地方で一般的だった酒屋・味噌屋・醤油屋の中から、醤油屋を選んだ。
3代目の二反田さん自身は、「醤油屋になりたかったわけではなかった」と正直に話す。それでも長男として、家業を継いだ。
面白いのは、次の世代だ。二反田さんは息子さんに「継げ」とは言わなかった。それでも息子さん自身が醸造に興味を持ち、東京農業大学で醸造を学び、自然な形で家業に入った。いまは4代目として会社におり、近いうちの社長交代も考えているという。無理に継がせなかったのに、次の世代が自ら蔵へ戻ってきた——このことを、二反田さんは静かに、しかし嬉しそうに語る。

地域だからこその強み
二反田醤油店の奥にあるのが、「三年完熟醤油」だ。大分県産の小麦と大豆を使い、塩を加えた無添加のもろみを、自然の気温の中で3年以上かけて発酵・熟成させる。大手が比較的短い期間で仕上げるのに対し、長い時間、ただ静かに寝かせたもろみを絞る。
これは、二反田さん自身が約30年前から作り始めたものだ。手間も時間もかかる。それでも、「この味は残したい」という思いが、蔵の芯にある。

現在抱えている課題
30年ほど前から、二反田さんは醤油業界がこの先厳しくなることを肌で感じていた。地域の小さな商店がなくなり、流通はスーパー中心に変わった。高齢の固定客が亡くなり、世代交代が進んだ。そして、食生活そのものが変わった。
「昔は煮物で醤油をたくさん使った。今は刺身や寿司に"かける"のが中心です」。煮物に使うのと、かけるのとでは、使う量がまるで違う。——商品が売れなくなったのではない。地域の商いと、食文化そのものが変わったのだ。
いまも市内のスーパーの多くでは商品を扱ってもらっている。一方で、大手の流通に乗せようとすれば卸や配送のコストがかかり、利益率の面では厳しさもある。小さな醤油蔵が、どこで、どう売っていくのか。環境が変わった分だけ、その問いは重くなっている。
そして二反田さんは、こうも率直に語る。今後どこを伸ばしていくか。「それが一番の問題」「どうやっていくかが、本当に問題なんです」。ライブコマースのような新しい売り方も話題に上ったが、「やり方が分からない」と笑う。100年続く会社でも、答えはまだ出ていない。
これから挑戦したいこと
約20年前、「このままでは尻すぼみになる」と感じた二反田さんは、醤油だけでなく、ドレッシングやたれ、つゆといった加工商品へと手を広げた。伝統を守るために、変わらなければならなかった。
そして5〜6年前、知人の一言から「醤油スイーツ」が始まる。「醤油でスイーツ、やってみませんか」。みたらし団子に醤油が使われていることすら深く意識していなかった二反田さんは、「じゃあ、ちょっとやってみよう」と動いた。
社内の反応は、冷ややかだった。息子さんを含め、「こんなことをしてどうなるんだ」という空気。ところが、作って周囲に食べてもらうと、反応がいい。幕張や東京ビッグサイトの展示会に出すと、「醤油屋が作ったスイーツ」というミスマッチと、瓶入りの"かわいい"見た目が注目を集めた。長年、調味料で出展しても人はなかなか集まらなかったのに、スイーツに変えた途端、試食が追いつかないほど人が押し寄せた。
今の柱は、みたらしを中心とした醤油スイーツと、三年完熟醤油の二本立て。新しい入口をつくりながら、その奥に、昔ながらの醤油づくりを残していく。
地元への想い
醤油の消費量は、確かに減っている。それでも二反田さんは、「ゼロにはならない」と考えている。
だからこそ、残したいものがある。ひとつは、九州独自の甘い醤油。もうひとつは、自ら30年前に始めた三年完熟醤油だ。
「醤油屋がどんどん減っている中で、生き残っていけば、いつかまた日の目を見ることがあるかもしれない」。派手な言葉ではない。けれど、その静かな確信が、この蔵を次の時代へ押し出している。
東京・全国とつながるなら
二反田醤油店の商品は、県外にも届いている。醤油・調味料は中国、台湾、香港、フランス、イギリスなどへの販売実績があり、スイーツはアメリカ・サンフランシスコの日系スーパーからリピート注文が入り、冷凍で送っている。
ただ、海外展開は書類対応などの手間も多い。越境ECのような新しい販売には、可能性を感じつつも、「どこまで効果があるのか」という不透明さや、現場の負担もある。だからこそ——次の販路、次の売り方、伝え方を、一緒に考えてくれる人との出会いを、二反田さんは待っている。
読者へのメッセージ
二反田醤油店は、伝統を守るために変化を拒んだ会社ではない。伝統を残すために、新しい挑戦を続けてきた会社だ。
流行に合わせて伝統を捨てるのではなく、伝統を残すために、新しい挑戦を続ける。——1919年から続く中津の蔵は、いまもその途中にいる。
企業プロフィール
- 代表者
- 代表 二反田 新一(3代目)
- 所在地
- 大分県中津市
- 設立
- 1919年(大正8年)
- 事業内容
- 醤油・調味料(ドレッシング/たれ/つゆ等)の製造・販売/醤油スイーツ(みたらし ほか)/三年完熟醤油
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